虫の音が静寂の闇の中に響き渡っていた。夜空に浮かぶ満月は外の丘陵を淡く照らし出し、幻想的とも言えるほどの世界をかもし出している。見事なまでの自然の調和がそこにはあった。
ここは町の外れにある宿屋。あまり金を使うわけにもいかないからと泊まった小さな宿屋だったが、それほど悪いものではなかった。この景色だけでもなかなかのものである。宿の主人の対応も、良心的なものだった。
だが、あたしの心の中には、平穏さは微塵も無かった。
「写本」のこと。姿をくらましたままのゼロスのこと。そして、未だに目的が分からない魔族のこと…。
しかし、それだけぐらいであれば別にどうということはない。普段からそんなことを気にしていては、身が持たなくなってしまう。それに、あたしはそんなことを考えてばかりいるほど、せせこまい神経をしているつもりはさらさらない。
そういったことで悩んでいるわけではないのだが…。
あたしは、部屋の窓を開けた。外から冷たい空気が入ってきて、静まろうとしない心を落ち着けてくれる。とはいえ、あたしの心の乱れはそれで収まるほど単純なものではなかった。
窓を開け放したまま、ベッドの上に寝転がる。そのまま寝付くことができれば楽なのだろうが、どうやらそれを許してくれるほど生易しい感じではなさそうだ。
あたしはベッドの上をごろごろと転がる。忘れたふりをして眠ることもできない、この心の乱れ。ある時から始まり、それ以来数え切れないほどあたしを苦しめてきたもの。
今でもまざまざと思い出す、その「ある時」。思い出したくなくても脳裏からけして消えることはない、あの悪夢のような時。あたしの心と体に刻み込まれた傷痕。
「ううぅ…」
ちょっと考えた瞬間に、その記憶が頭の中でフラッシュ・バックした。その惨劇の記憶に、あたしは思わずうめく。思い出すだけでも、激しい頭痛を起こすほどの心傷なのだ。忘れようとするほどによみがえる、あの記憶。それがもたらす、数多の苦痛。それに、どれだけ長い間耐えてきたことか。
もっとも、それが肉体的な苦痛と、過去の惨劇の記憶がもたらす精神的な苦痛だけであるのならば、まだ忘れられる。それだけなら郷里の姉ちゃんの方がよっぽどむごいことをしてきたと思う…。
それだけでは、それだけではない…。それだけではないゆえに、これほどまでに苦しんできたのだから…。
その、もう一つの精神的な苦痛とは…。
「………」
あたしは、自分の右手にある指輪に目をやった。
取ろうとしてもけっして取れない、この指輪。正体不明の、黒く鈍く輝く宝石がはまっている。黒真珠のようではあるが、それよりももっと暗質な、闇の結晶のような宝石。
あの記憶の日に、手に入れた指輪。
心なしか、目をやっただけでも心の中の乱れが大きくなった気がする。いや、実際そうなのだろう。この指輪は、ただの指輪ではないのだから。
悪夢を呼び起こす、指輪なのだから。
「ふぅっ…」
しかし、どうすることもできないそれに、ため息をつく。自分で調べただけではどうにもならなかったし、恐怖のために他の人間に相談することもできなかった。このままの状況では、この指輪と別れる手段は存在しないのだ。
あたしは再び窓の外に立った。
外に広がる沈黙の世界…。焦燥に明け暮れるあたしの心とは大違いである。あたしはもう一度、大きくため息をついてからベッドに戻った。
心地よいベッド。それとは裏腹の、心の乱れ。
今夜もまた、ぐっすりとは眠ることはできないかもしれない…。
「………?」
かすかな声が。あたしの頭の中に響いた。
いつのまにか、少し眠っていたらしい。今の声で目が覚めたようだ。
「んーっ…」
あたしは少し伸びをしながら考える。
この宿に泊まっている客は、あたしたちだけだったはず。しかし、こんな夜中に起きている連れの心当たりはない。だが、確かに声が聞こえたような気がしたのだが…。
あたしは耳を澄ましてみる。
「……………!」
今、確かに声が聞こえた。今度は確実である。聞こえたきたのは右の方の部屋だった。右の部屋、というと…。アメリアがいるはずである。
こんな夜中に、声を出す用事があるとも思えないが…。どうしたのだろう。
あたしは、壁に耳をつけてみる。かすかに、何か声が聞こえるような気はするのだが…。小さすぎて、全く聞き取れない。一体何だというのか?
あたしはしばらくそのままの姿勢でいたが、結局何もわからない。とはいえ、わざわざアメリアの部屋にまで行く気にはなれなかった。もし、ただ彼女が眠れなくて何か読んでいるだけだったら、邪魔することになるかもしれない。
そう思い、あたしは壁を離れた。
外を見ると、最初に寝たときよりはずいぶんと時間が経っているように思える。月がだいぶ傾いていた。
さっきは一応眠れていたようだし、今日は結構眠れるかもしれない。あたしは少し安堵しつつ、まぶたを閉じた。
…だが、そのまぶたの裏に、浮かび上がってくる思考がある。
…アメリアは一体何をしていたのだろう?魔道書のたぐいを持って歩いているようには思えなかったし、夜遅くまで起きている姿などこれまで見た事はないのだが…。
あたしの心に、少しひっかかるものがあった。
考えたからといって、何かわかるわけでもないが…。それでも、あたしの頭の隅に残った小さな好奇心は消えることがなかった。
アメリアは、一体何を…。
その瞬間。右手の方から何か魔力の動きがあるのを感じた。
びびびびびびびびっ!
「くぅっ…!?」
突如、頭の中に強烈な力が侵入してきた。思わずあたしは小さく声を漏らす。
見ると、右手の指輪が鈍い光を放ちつつ、脈動を始めていた。その脈動とともに、あたしの頭の中で激しく力が踊る。思考が途絶え、意識がぼやけてくる。
…びうんっ!
やがて、力は指輪の中に収束していった。
ぼやけていたあたしの意識も少しづつはっきりとしていく。しばらくすると、あたしの意識は元に戻っていた。指輪からも、これ以上何かの動きがあるようには見えない。
「何だったのかしら…」
あたしは不安にかられた。この指輪のこれまでしたきたことを思えば、当たり前だが…。指輪は既に何の反応も示そうとしないが、あたしは警戒していた。
が、しばらく経っても何も起こらない。あたしは諦めて、再び眠りにつこうとした。
…と。
『…っくふぅ…ひっ…んんーっ…あぅ…』
何の前触れもなく、一つの思考が頭の中に流れ込んできた。
「な…なに?これは…」
あたしは混乱した。この思考…ただ、ぼやけた意識の中にうめくような声が入っているだけである。一体誰の…いや、アメリアのものであることはほぼ間違いないだろうが…。一体なぜ…。
『んあぅ…ふぁっ…ああぁ…い…』
頭の中に流れ込んでくる意識も、段々と明瞭なものになっていく。いつのまにか、視覚の情報も少しづつ流れ込んでくるようになっていた。
あたしの部屋と全く同じ作りの、こざっぱりとした部屋。その中にあるベッド。どうやら、アメリアはそこに横たわっているようである。向いているのは、窓の方だ。
そして、視覚の中にある彼女の姿は…。
『ああっ…くんっ…んっ…んっ…ん…』
彼女は…裸だった。
「ア…アメリア…あなた…」
段々と視覚の情報も明瞭になっていく。いつしか、アメリアの上気した肢体が視界の中にはっきりと現れていた。少し子供っぽい顔に似合わず、発達した体躯。彼女の白く細い指先は、自らの胸と股間に伸びている。
胸に伸びた右手は、豊かな膨らみを慈しむかのように、優しくソフトなタッチで揉み上げている。対して左手は、潤い切っている部分を激しく攻め立てるかのように、速く激しい動作である。
『んふぁっ…あっ、ああっ…いい…』
誰も見ていないかのように―恐らく本人はそうとしか思っていないだろうが―アメリアは大胆な姿勢だ。ベッドに一糸纏わぬ姿を投げ出し、腰を少し浮かしている。そして両方の手で、自分の敏感な部分を弄りつづけている…。
彼女の股間は、指が動くたびに淫らな音を奏でる。彼女の秘部から流れ出す果汁は、彼女の指の間から溢れ出して滴り落ち、大きなシミを作ってしまっている。しかし、アメリアはそんなことなど気にしていないようだ。足も大きく開いており、アメリアの秘部は丸見えである。
「………」
あたしはアメリアの行為に気恥ずかしさを感じながらも、なぜか目を離すことはできなかった。その淫らな姿を、どうしても見つめていてしまう。
なぜ…なぜ、同性なのに…。あたしは女であるのに…。
『ふあぅ、はふっ!あっ、んああっ…!』
これも…指輪の魔力なのだろうか?
アメリアの行為は、ますますその激しさを増していく。自分の指を濡れそぼった秘所に差し込み、それを突き動かしつづける。もう一方の手では、豊満な胸をますます激しく揉みしだき始めた。
あたしの体が、段々と上気してくる。呼吸が荒くなる。その行為を見て、あたし自身が興奮していることを、もはや否定はできなかった…。
「んんっ!?」
不意に、股間に走った軽い刺激。見ると、右手が知らない間に下に降りていた。
あたしは、一人赤面する。指輪の力とはいえ、自分でも自覚できないままに指を股間に走らせてしまうとは…。
『あふっ…いいっ…、気もちいいっ…も、もう…ああっ…』
再びアメリアの思考が頭に流れ込んできた。今度は思考だけではない。わずかな感覚までも共有してしまっているようだ。あたしの股間に軽い電流がほとばしる。
「んんーっ…」
あたしの性感帯に、やるせない快楽が段々と広がっていく。アメリアとの感覚の共有がますます進んでいるのだ。瞬く間に、それはどうしても抗い切れないほどに大きくなっていった。
たまらず、あたしは服の上から股間をなで上げていた。
「ひぃっ…!」
快楽を待ち構えていた体は、それに敏感に反応した。電撃のような快楽が走る。体の奥から、熱いものが溢れ出すのがわかった。あたしの下着をあたしの果汁が濡らす。
アメリアが指を動かすごとに、あたしの体にも快楽が訪れる。いつしか、あたしは自分の下着の中に指を滑り込ませていた。そのまま、おずおずと指を動かしてみる。
「ふぅっ!?くんっ…」
快楽が全身を突き抜け、相乗されたそれは、あたしの体の中で見る間に大きくなっていく。
『んふぅぅっ…あくぁっ…んんんっ!ひぃぃっ…』
アメリアは体を激しく悶えさせながら指を動かしつづける。それに合わせて、あたしの体も火照っていく。まるで2人の人間に弄ばれているかのように…。
いつしか、あたしも我を忘れて秘部を弄繰り回していた。
わずかに残った理性とプライドがあたしを押し留めようとするが、それも無駄だった。あたしは、何も考えずに自分の股間を弄繰り回す。熱いものがどっと流れ出す。
「あはっ…ひぅっ!…んはぁ…」
あたしもいつしか声を漏らしていた。理性がはじけとんだ今となっては気にするものも何もない。ただ、自己の望むままの行動をしているだけだった。快楽を貪欲に求めていた。思考は既に途絶え、あるのは、ただひたすら快楽を求める自分。…そして、その自分が同一化しようとしているアメリアの体だけ。
「あ…あうぅっ…アメリアっ…」
あたしは彼女の名を呼んでいた。
「ア…アメリア…アメリアっ…!」
あたしと、アメリアの体が一つになっていく。
精神(こころ)は別々のままに、あたしとアメリアは同じ存在(もの)になろうとしていた。
「アメリアぁ…」
あたしは呆然としてつぶやいた。
『かふぅ…うくぅっ!んっ、んっ、んっ、んっ、んあぁ…』
アメリアは腰を大きく浮かし、大胆な指使いで自分の秘所を弄っている。
彼女は、固く目を閉じて夢想している…。あたしの思考の及ばないところに、彼女の妄想が眠っているのだろうか?その内容は一体…。
『んんっ、んんっ、んんっ、んあぁっ!んああぁっ!』
アメリアの肢体がピンと張り、甲高い声を上げる。高みに達してしまったようだ。
そして、アメリアの力が一気に抜け、ベッドに倒れ込む。荒く息をつきながら、快楽の余韻に浸っているようだ。
その表情には、まるで場にそぐわない微笑がたたえられていた。が、同時に彼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
…なぜ?
あたしは、アメリアの思考に入っていこうとした。が、段々とアメリアの思考が途絶えてくる。必死に探ろうとするが、駄目だった。
『…さん』
それが、あたしがかろうじて拾うことができた、彼女の思考の断片だった。
…気づくと、あたしの感覚は元に戻っていた。視覚も聴覚も、あたしの周囲のそれを捉えている。
「…アメリア」
そっと、つぶやいた。
そのまま、あたしは自分の秘所に指を伸ばしていく。
くちゅっ…。
淫らな音が響き渡った。
To be continued.