共同研究者 : 渡辺俊一 、田中健一、田中求志
二原子分子の高分解能分光では、多くの振動状態からの振動回転スペクトルが観 測されると共に、高感度なので、自然存在比の安定同位体のスペクトルも観測される。
従来、当研究室では、ダイオードレーザー分光器を用い、様々な二原子高温分子の 観測をおこない、観測されたスペクトルの解析から分子構造を決定している。異なる 同位体種のスペクトルを含むデーターセットの解析はボルン--オッペンハイマー近似 が成立すると仮定した式
E_{(v,J)} = \sum_{iJ}\mu^{-(i+2J)/2} U_{iJ} ( v + 1/2)^i [J(J+1)]^J E_{(vJ)} : 振動・回転エネルギー v : 振動量子数 J : 回転量子数 \mu : 換算質量 \mu = Ma Mb/(Ma+Mb)式を用いて解析を行ってきた。
E_{(v,J)} = \sum_{iJ} \mu^{-(i+2J)/2} U_{iJ} (1+m_e/MA \Delta^A_{iJ} + m_e/MB \Delta^B_{iJ}) (v+1/2)^i [J(J+1)]^J (2) m_e : 電子の質量 M_A : A原子の質量 M_B : B原子の質量ここでは、従来(v,j)準位のエネルギー式中の U_{iJ} が U_{iJ}(1+m_e/M_A + m_e/M_B ) として、補正項を含む(2)式に置き換えられている。この式は Bunker により導かれたものであるが、 Watsonは理論的に経験パラメーター U_{iJ}, \Delta_{iJ} を得た。
カリウムの水素化物のダイオードレーザー分光は、 Haese, Essingらが行って いる。彼らの方法に基づいて我々も観測を行うと共に、我々が観測したスペクトルと 彼らの得た観測値とを合わせてカリウム水素化物の解析を試みた。
KHは不安定な化合物であり、今回は水素分子 (H_2, D_2)から放電により生成 させた水素原子(H, D )と金属カリウムとの反応により生成した。反応は
K + H_2 (D_2)_{glow}
であるとされている。 この KH (KD) の測定には赤外ダイオードレーザー分光器(Spectra Physics SP-5000) を使用し、検出器には He冷却 CuGe 半導体検出器を用いた。
セルにはステンレス製のヒートパイプ高温試料セルを用いたが測定結果が思わしくな かったので新たに製作した多重反射放電ガラスセル(図1)に変えて測定を行った。
セル内に約 10gのカリウムを入れて 3〜6torrの圧力で H_2または D_2を
真空ポンプで引きながら放電をおこなった。放電条件は、電流0.4〜0.5A、
電圧1900〜2000Vであった。金属カリウムは 200〜300 C の間で熔融した。
測定の波数領域は KDが670〜740cm^{-1}、KHが910〜936cm^{-1}であった。
波長標準とする物質としては、670〜700cm^{-1}では CO_2、700〜740cm^{-1}
ではC_2H_2、920〜940cm^{-1}では\bf NH_3を使用した。
カリウムには ^{39}Kと ^{41}K(自然存在比 93.08:6.91),水素には ^1Hと ^2H(自然存在比 99.985:0.015)の安定同位体が存在するので、解析は ^{39}KH、 ^{41}KH、 ^{39}KD、 ^{41}KDの4つの同位体分子種を考慮に入れた。
多重反射放電ガラスセル
written by 渡辺俊一
今回、KHの解析においてまずボルン--オッペンハイマー近似に基づく (1)式を用いて異なる同位体分子のスペクトルを同時フィットする解析を行ってみた。 その結果は予想通り収束が不十分で妥当な分子定数を得ることは出来なかった。 そこで、 Thompson、Makiらの (2)式に12個の分子定数を パラメーターとして最小自乗フィットを行った。決定した分子定数を表1に示した。
分子定数 | 結果1 | 結果2 | 文献値[4] ----------------+----------------+----------------+------------------ U_{10} | 977.9212(24) | 977.923(2) | 977.9026(15) U_{20} | -15.0681(19) | -15.1076(16) | -14.90427(51) U_{01} | 3.35911(50) | 3.35914(4) | 3.359100(25) U_{11}x10^2 | -8.3130(12) | -8.3130(10) | -8.30996(10) U_{02}x10^4 | -1.5844(97) | -1.5848(87) | -1.5861(10) | | | \Delta^H_{10} | -0.6604(26) | -0.6620(19) | -1.7545(44) \Delta^H_{01} | -1.418(26) | -1.427(23) | -1.393(17) \Delta^H_{11} | -0.63(25) | -0.69(22) | -0.17(21) | | | Y_{30} | 0.10572(44) | 0.10594(37) | Y_{21}x10^4 | 5.351(18) | 5.345(17) | 5.353(34) Y_{12}x10^6 | 1.412(37) | 1.410(34) | 1.368(44) Y_{03}x10^8 | 0.627(25) | 0.631(23) | 0.637(37)*)結果1,2 は、それぞれ結果の異なった田中、嶋田のデータである。
この結果を用いて(3)式からY_{ij}を計算し文献値と比較した。
Y_{iJ} = \mu^{-(i+2J)/2} U_{iJ} ( 1 + m_e/M_A \Delta^A_{iJ} + m_e/M_B \Delta^B_{iJ} )決定したKHの平衡核間距離 r_e、振動の力の定数 kは、r_e = 2.24025\AA 、 k = 56.3454Nm^{-1}である。 この平衡核間距離を、ヘルツベルグの定数表[3]に載っている値と 比較した。その結果ほぼ妥当な値を得たけれどもヘルツベルグの定数表に記載さ れている r_eは、KHと KDでは違っていた。
ヘルツベルグの表では、KH : 2.2425\AA 、KD : 2.2403\AA であり、その違いは、他の水素化物においても見られた。
その理由は、各同位体種ごとに決定された B_e(回転定数)をもとに r_eを求めた
結果である。本来ボルンーオッペンハイマー近似の成り立たない分子では、質量にも
とづかない定数 U_{01}から核間距離を求めなければならない。
| 文献[4](^{39}KH) | ^{39}KH | ^{41}KH -------------+------------------+----------------+------------------ Y_{10} | 985.6728(17) | 985.5845(24) | 985.2436(24) Y_{20} | -14.90155(56) | -15.3766(19) | -15.3577(19) Y_{30} | | 0.10572(44) | 0.10552(44) Y_{01} | 3.416536(44) | 3.41637(51) | 3.41217(51) Y_{11}x10^2 | -8.5338(14) | -8.5333(13) | -8.5175(13) Y_{21}x10^4 | 5.353(34) | 5.351(18) | 5.340(18) Y_{02}x10^4 | -1.6389(18) | -1.6199(10) | -1.6160(10) Y_{12}x10^6 | 1.368(44) | 1.412(37) | 1.364(37) Y_{03}x10^8 | 0.637(37) | 0.627(25) | 0.625(25) | 文献[4](^{39}KD) | ^{39}KD | ^{41}KD -------------+------------------+----------------+------------------ Y_{10} | 706.3041(12) | 706.3735(24) | 705.5262(24) Y_{20} | -7.71370(37) | -7.8879(99) | -7.8690(99) Y_{30} | | 0.3884(44) | 0.3870(44) Y_{01} | 1.753358(39) | 1.75532(26) | 1.74903(26) Y_{11}x10^2 | -3.13562(82) | -3.1361(47) | -3.1249(47) Y_{21}x10^4 | 1.437(20) | 1.408(18) | 1.402(18) Y_{02}x10^4 | -0.4332(17) | -0.4263(27) | 0.4242(27) Y_{12}x10^6 | 0.243(14) | 0.257(37) | 0.256(37) Y_{03}x10^8 | 0.102(22) | 0.0846(25) | 0.0840(25)
written by 田中健一
現在、研究における主要な計算は大型計算機を使用している。 しかし近い将来、その大型計算機が撤去され使用できなくなるなる。 そこで、今まで大型計算機で行っていた計算を、他のコンピューターでも行える ように移行する必要がでてきた。
今現在、いくつかのプログラムは Windowsの環境に移植されている。
しかし、データ処理を行う最小二乗法のプログラムは、その計算量が膨大なため、
多くの処理することができるワークステーションに移行することになった。
その移行先は UNIX系のワークステーションに決まっている。
UNIX系のシステムはいくつか存在する。
今回移行作業やテストを行ったシステムについて、それぞれの仕様
を含めて表3に示す。
名前 | CPU | MEMORY | OS | 備考 -----------+-----------------+--------+---------+-------------------- duty | PA-7100-125MHz | 256MB | HP-UX | HP9000 mercury | i80486DX2-66MHz | 16MB | Linux | FM-V486D3 sindbad | i80486DX2-66MHz | 16MB | FreeBSD | FM-V486D3 species | Pentium-150MHz | 32MB | NetBSD | FM-V DiskpowerSP yphys4 | Pentium-200MHz | 100MB* | NetBSD | selfbuilt AT*) yphys4は実際128MBのメモリーを搭載している。 OSの都合上、約100MBまでしか認識させられない。
最小二乗法のプログラムとしては、SALS (主に非線形のGauss-Newton法で利用) と
いうシステムと、 MARQUARDT法によるプログラム、の二種類を利用している。
この2種類のプログラムを表3のコンピューターに導入、または移植した。
次に、それぞれ同じプログラムとデータを使用して計算をさせ、その結果を
比較した。結果の検討は、実績のある大型計算機における結果を標準として考えた。
大型計算機ではFORTRANで4倍精度の多桁計算を行っているが、移行先システムの
FORTRANは倍精度の桁数までしかサポートしていない。このため、一部の高い精
度の要求される計算に誤差が生じる可能性がある。
実際 MARQUARDT法を用いた計算では大型計算機と他のものでは誤差の収束
に大きく違いが出た。
一方、SALSのプログラムでは、計算を行ったすべてについて、ほぼ一定した値が
得られた。
以上より、SALSを用いた最小二乗法の計算はこのまま大型計算機から、ワーク
ステーションなどに移行することが可能である。
その他の精度を必要としないプログラムは、そのほとんどが新システムでその
まま動作可能、または他の環境などに移植をしている。
しかし、他の桁の精度を要求される計算については、4倍精度以上の
精度で多桁計算を可能にする必要があることが分かった。
今後の課題としては、移行先システムで多桁計算を可能にすることである。
現状ではシステムに導入されているFORTRANコンパイラは、4倍精度の計算を
サポートしていない。
今回移行の対象となったUNIX系システムはC言語をベースとしたシステムである。
しかし、そのコンパイラ系には大型計算機のものよりも多い桁数での計算を提供
するものが存在する。
そこで、今まで大型計算機で使用してきたFORTRANプログラムを、C言語へ
移植して使用するという方法をとることにし、現在作業中である。
written by わたし